、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直《す》ぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝《えんづた》いに玄関に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
三十分ばかりして格子《こうし》ががらりと開《あ》いたので、御米はまた裁縫《しごと》の手をやめて、縁伝いに玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被《かぶ》った、弟の小六《ころく》が這入《はい》って来た。袴《はかま》の裾《すそ》が五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗《くろらしゃ》のマントの釦《ボタン》を外《はず》しながら、
「暑い」と云っている。
「だって余《あん》まりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云
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