》わしさに堪《た》えなかった。昔は数学が好きで、随分込み入った幾何《きか》の問題を、頭の中で明暸《めいりょう》な図にして見るだけの根気があった事を憶《おも》い出すと、時日の割には非常に烈《はげ》しく来たこの変化が自分にも恐ろしく映った。
それでも日に一度ぐらいは小六の姿がぼんやり頭の奥に浮いて来る事があって、その時だけは、あいつの将来も何とか考えておかなくっちゃならないと云う気も起った。しかしすぐあとから、まあ急ぐにも及ぶまいぐらいに、自分と打ち消してしまうのが常であった。そうして、胸の筋《きん》が一本|鉤《かぎ》に引っ掛ったような心を抱《いだ》いて、日を暮らしていた。
そのうち九月も末になって、毎晩|天《あま》の河《がわ》が濃く見えるある宵《よい》の事、空から降ったように安之助がやって来た。宗助にも御米にも思い掛けないほど稀《たま》な客なので、二人とも何か用があっての訪問だろうと推《すい》したが、はたして小六に関する件であった。
この間月島の工場へひょっくり小六がやって来て云うには、自分の学資についての詳しい話は兄から聞いたが、自分も今まで学問をやって来て、とうとう大学へ這入《
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