い不平を並べると、
「そのくらいな事でそれほど不平が並べられれば、どこへ行ったって大丈夫だ。学校をやめたって、いっこう差支《さしつかえ》ない。御前の方がおれよりよっぽどえらいよ」と兄が云ったので、話はそれぎり頓挫《とんざ》して、小六はとうとう本郷へ帰って行った。
宗助はそれから湯を浴びて、晩食《ばんめし》を済まして、夜は近所の縁日へ御米といっしょに出掛けた。そうして手頃な花物を二鉢買って、夫婦して一つずつ持って帰って来た。夜露にあてた方がよかろうと云うので、崖下《がけした》の雨戸を明けて、庭先にそれを二つ並べて置いた。
蚊帳《かや》の中へ這入《はい》った時、御米は、
「小六さんの事はどうなって」と夫に聞くと、
「まだどうもならないさ」と宗助は答えたが、十分ばかりの後《のち》夫婦ともすやすや寝入《ねい》った。
翌日眼が覚めて役所の生活が始まると、宗助はもう小六の事を考える暇を有《も》たなかった。家《うち》へ帰って、のっそりしている時ですら、この問題を確的《はっきり》眼の前に描《えが》いて明らかにそれを眺《なが》める事を憚《はば》かった。髪の毛の中に包んである彼の脳は、その煩《わずら
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