これが御前の学資になるなら、今すぐにでもやるが、剥《は》げた屏風一枚で大学を卒業する訳にも行かずな」と宗助が云った。そうして苦笑しながら、
「この暑いのに、こんなものを立てて置くのは、気狂《きちがい》じみているが、入れておく所がないから、仕方がない」と云う述懐《じゅっかい》をした。
小六はこの気楽なような、ぐずのような、自分とは余りに懸《か》け隔《へだ》たっている兄を、いつも物足りなくは思うものの、いざという場合に、けっして喧嘩《けんか》はし得なかった。この時も急に癇癪《かんしゃく》の角《つの》を折られた気味で、
「屏風はどうでも好いが、これから先《さき》僕はどうしたもんでしょう」と聞き出した。
「それは問題だ。何しろことしいっぱいにきまれば好い事だから、まあよく考えるさ。おれも考えて置こう」と宗助が云った。
弟は彼の性質として、そんな中ぶらりんの姿は嫌《きらい》である、学校へ出ても落ちついて稽古《けいこ》もできず、下調も手につかないような境遇は、とうてい自分には堪《た》えられないと云う訴《うったえ》を切にやり出したが、宗助の態度は依然として変らなかった。小六があまり癇《かん》の高
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