叔母の云った通りを残らず話して聞かせて、
「叔母さんが御前に詳しい説明をしなかったのは、短兵急な御前の性質を知ってるせいか、それともまだ小供だと思ってわざと略してしまったのか、そこはおれにも分らないが、何しろ事実は今云った通りなんだよ」と教えた。
小六にはいかに詳しい説明も腹の足しにはならなかった。ただ、
「そうですか」と云ってむずかしい不満な顔をして宗助を見た。
「仕方がないよ。叔母さんだって、安さんだって、そう悪い料簡《りょうけん》はないんだから」
「そりゃ、分っています」と弟は峻《けわ》しい物の云い方をした。
「じゃおれが悪いって云うんだろう。おれは無論悪いよ。昔から今日《こんにち》まで悪いところだらけな男だもの」
宗助は横になって煙草《たばこ》を吹かしながら、これより以上は何とも語らなかった。小六も黙って、座敷の隅《すみ》に立ててあった二枚折の抱一の屏風《びょうぶ》を眺《なが》めていた。
「御前あの屏風を覚えているかい」とやがて兄が聞いた。
「ええ」と小六が答えた。
「一昨日《おととい》佐伯から届けてくれた。御父さんの持ってたもので、おれの手に残ったのは、今じゃこれだけだ。
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