時ふと兄が、先年父の葬式の時に出京して、万事を片づけた後、広島へ帰るとき、小六に、御前の学資は叔父さんに預けてあるからと云った事があるのを思い出して、叔母に始めて聞いて見ると、叔母は案外な顔をして、
「そりゃ、あの時、宗《そう》さんが若干《いくら》か置いて行きなすった事は、行きなすったが、それはもうありゃしないよ。叔父さんのまだ生きて御出《おいで》の時分から、御前の学資は融通して来たんだから」と答えた。
 小六は兄から自分の学資がどれほどあって、何年分の勘定《かんじょう》で、叔父に預けられたかを、聞いておかなかったから、叔母からこう云われて見ると、一言《ひとこと》も返しようがなかった。
「御前《おまえ》も一人じゃなし、兄さんもある事だからよく相談をして見たら好いだろう。その代り私《わたし》も宗さんに逢って、とっくり訳《わけ》を話しましょうから。どうも、宗さんも余《あん》まり近頃は御出《おいで》でないし、私も御無沙汰《ごぶさた》ばかりしているのでね、つい御前の事は御話をする訳にも行かなかったんだよ」と叔母は最後につけ加えたそうである。
 小六から一部始終《いちぶしじゅう》を聞いた時、宗助
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