か》えずに、小六の話を聞いた。
 小六の云うところによると、二三日前彼が上総から帰った晩、彼の学資はこの暮限り、気の毒ながら出してやれないと叔母から申し渡されたのだそうである。小六は父が死んで、すぐと叔父に引き取られて以来、学校へも行けるし、着物も自然《ひとりで》にできるし、小遣《こづかい》も適宜《てきぎ》に貰えるので、父の存生中《ぞんしょうちゅう》と同じように、何不足なく暮らせて来た惰性から、その日その晩までも、ついぞ学資と云う問題を頭に思い浮べた事がなかったため、叔母の宣告を受けた時は、茫然《ぼんやり》してとかくの挨拶《あいさつ》さえできなかったのだと云う。
 叔母は気の毒そうに、なぜ小六の世話ができなくなったかを、女だけに、一時間も掛かって委《くわ》しく説明してくれたそうである。それには叔父の亡《な》くなった事やら、継《つ》いで起る経済上の変化やら、また安之助の卒業やら、卒業後に控えている結婚問題やらが這入っていたのだと云う。
「できるならば、せめて高等学校を卒業するまでと思って、今日《きょう》までいろいろ骨を折ったんだけれども」
 叔母はこう云ったと小六は繰り返した。小六はその
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