ってしまったのである。
「御米、叔父はとうとう話をしずに死んでしまったよ」と宗助が云った。
「あなたまだ、あの事を聞くつもりだったの、あなたも随分|執念深《しゅうねんぶか》いのね」と御米が云った。
それからまた一年ばかり経ったら、叔父の子の安之助が大学を卒業して、小六が高等学校の二年生になった。叔母は安之助といっしょに中六番町に引き移った。
三年目の夏休みに小六は房州の海水浴へ行った。そこに一月余りも滞在しているうちに九月になり掛けたので、保田《ほた》から向うへ突切《つっき》って、上総《かずさ》の海岸を九十九里伝いに、銚子《ちょうし》まで来たが、そこから思い出したように東京へ帰った。宗助の所へ見えたのは、帰ってから、まだ二三日しか立たない、残暑の強い午後である。真黒に焦《こ》げた顔の中に、眼だけ光らして、見違えるように蛮色《ばんしょく》を帯びた彼は、比較的日の遠い座敷へ這入《はい》ったなり横になって、兄の帰りを待ち受けていたが、宗助の顔を見るや否や、むっくり起き上がって、
「兄さん、少し御話があって来たんですが」と開き直られたので、宗助は少し驚ろいた気味で、暑苦しい洋服さえ脱ぎ更《
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