まだ帰らないんでしょうかね。あなた今度《こんだ》の日曜ぐらいに番町まで行って御覧なさらなくって」と注意した事があるが、宗助は、
「うん、行っても好い」ぐらいな返事をするだけで、その行っても好い日曜が来ると、まるで忘れたように済ましている。御米もそれを見て、責める様子もない。天気が好いと、
「ちと散歩でもしていらっしゃい」と云う。雨が降ったり、風が吹いたりすると、
「今日は日曜で仕合せね」と云う。
 幸にして小六はその後《ご》一度もやって来ない。この青年は、至って凝《こ》り性《しょう》の神経質で、こうと思うとどこまでも進んで来るところが、書生時代の宗助によく似ている代りに、ふと気が変ると、昨日《きのう》の事はまるで忘れたように引っ繰り返って、けろりとした顔をしている。そこも兄弟だけあって、昔の宗助にそのままである。それから、頭脳が比較的|明暸《めいりょう》で、理路に感情を注《つ》ぎ込むのか、または感情に理窟《りくつ》の枠《わく》を張るのか、どっちか分らないが、とにかく物に筋道を付けないと承知しないし、また一返《いっぺん》筋道が付くと、その筋道を生かさなくってはおかないように熱中したがる。
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