その上体質の割合に精力がつづくから、若い血気に任せて大抵の事はする。
宗助は弟を見るたびに、昔の自分が再び蘇生《そせい》して、自分の眼の前に活動しているような気がしてならなかった。時には、はらはらする事もあった。また苦々《にがにが》しく思う折もあった。そう云う場合には、心のうちに、当時の自分が一図に振舞った苦い記憶を、できるだけしばしば呼び起させるために、とくに天が小六を自分の眼の前に据《す》え付けるのではなかろうかと思った。そうして非常に恐ろしくなった。こいつもあるいはおれと同一の運命に陥《おちい》るために生れて来たのではなかろうかと考えると、今度は大いに心がかりになった。時によると心がかりよりは不愉快であった。
けれども、今日《こんにち》まで宗助は、小六に対して意見がましい事を云った事もなければ、将来について注意を与えた事もなかった。彼の弟に対する待遇|方《ほう》はただ普通|凡庸《ぼんよう》のものであった。彼の今の生活が、彼のような過去を有っている人とは思えないほどに、沈んでいるごとく、彼の弟を取り扱う様子にも、過去と名のつくほどの経験を有《も》った年長者の素振《そぶり》は容易
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