いって、石で頭を破《わ》られる恐れは、まあ無いですからね。しかも双方ともに二十年も三十年も安全なら、全くおめでたいに違ありませんよ。だから一切ぐらい肖っておく必要もあるでしょう」と云って、主人はわざと箸《はし》で金玉糖を挟《はさ》んで、宗助の前に出した。宗助は苦笑しながら、それを受けた。
こんな冗談交《じょうだんまじ》りの話を、主人はいくらでも続けるので、宗助はやむを得ず或る辺までは釣られて行った。けれども腹の中はけっして主人のように太平楽《たいへいらく》には行かなかった。辞して表へ出て、また月のない空を眺《なが》めた時は、その深く黒い色の下に、何とも知れない一種の悲哀と物凄《ものすご》さを感じた。
彼は坂井の家に、ただいやしくも免《まぬ》かれんとする料簡《りょうけん》で行った。そうして、その目的を達するために、恥と不愉快を忍んで、好意と真率《しんそつ》の気に充《み》ちた主人に対して、政略的に談話を駆《か》った。しかも知ろうと思う事はことごとく知る事ができなかった。己《おの》れの弱点に付いては、一言《ひとこと》も彼の前に自白するの勇気も必要も認めなかった。
彼の頭を掠《かす》めん
前へ
次へ
全332ページ中327ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング