じた。彼は主人に向って、「あなたはもしや私の名を安井の前で口にしやしませんか」と聞いて見たくて堪《たま》らなかった。けれども、それだけはどうしても聞けなかった。
下女が平たい大きな菓子皿に妙な菓子を盛って出た。一丁の豆腐ぐらいな大きさの金玉糖《きんぎょくとう》の中に、金魚が二疋|透《す》いて見えるのを、そのまま庖丁《ほうちょう》の刃を入れて、元の形を崩《くず》さずに、皿に移したものであった。宗助は一目見て、ただ珍らしいと感じた。けれども彼の頭はむしろ他の方面に気を奪われていた。すると主人が、
「どうです一つ」と例《いつも》の通りまず自分から手を出した。
「これはね、昨日《きのう》ある人の銀婚式に呼ばれて、貰《もら》って来たのだから、すこぶるおめでたいのです。あなたも一切ぐらい肖《あやか》ってもいいでしょう」
主人は肖りたい名の下《もと》に、甘垂《あまた》るい金玉糖《きんぎょくとう》を幾切か頬張《ほおば》った。これは酒も呑み、茶も呑み、飯も菓子も食えるようにできた、重宝で健康な男であった。
「何実を云うと、二十年も三十年も夫婦が皺《しわ》だらけになって生きていたって、別におめでたくも
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