別段変った事はなかったかい」と聞いた。実際彼は短かい汽車旅行にさえ堪《た》えかねる顔つきをしていた。
 御米はいかな場合にも夫の前に忘れなかった笑顔さえ作り得なかった。と云って、せっかく保養に行った転地先から今帰って来たばかりの夫に、行かない前よりかえって健康が悪くなったらしいとは、気の毒で露骨に話し悪《にく》かった。わざと活溌《かっぱつ》に、
「いくら保養でも、家《うち》へ帰ると、少しは気疲《きづかれ》が出るものよ。けれどもあなたは余《あん》まり爺々汚《じじむさ》いわ。後生《ごしょう》だから一休《ひとやすみ》したら御湯に行って頭を刈って髭《ひげ》を剃《す》って来てちょうだい」と云いながら、わざわざ机の引出から小さな鏡を出して見せた。
 宗助は御米の言葉を聞いて、始めて一窓庵の空気を風で払ったような心持がした。一たび山を出て家へ帰ればやはり元の宗助であった。
「坂井さんからはその後何とも云って来ないかい」
「いいえ何とも」
「小六《ころく》の事も」
「いいえ」
 その小六は図書館へ行って留守だった。宗助は手拭《てぬぐい》と石鹸《シャボン》を持って外へ出た。
 明る日役所へ出ると、みんな
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