すったそうですが」
「ああ出した。二三日中に何とか云って来るだろう。その上でまたおれが行くともどうともしようよ」
小六は兄の平気な態度を、心の中《うち》では飽足らず眺《なが》めた。しかし宗助の様子にどこと云って、他《ひと》を激させるような鋭《する》どいところも、自《みずか》らを庇護《かば》うような卑《いや》しい点もないので、喰《く》ってかかる勇気はさらに出なかった。ただ
「じゃ今日《きょう》まであのままにしてあったんですか」と単に事実を確めた。
「うん、実は済まないがあのままだ。手紙も今日やっとの事で書いたくらいだ。どうも仕方がないよ。近頃神経衰弱でね」と真面目《まじめ》に云う。小六は苦笑した。
「もし駄目なら、僕は学校をやめて、いっそ今のうち、満洲か朝鮮へでも行こうかと思ってるんです」
「満洲か朝鮮? ひどくまた思い切ったもんだね。だって、御前|先刻《さっき》満洲は物騒で厭《いや》だって云ったじゃないか」
用談はこんなところに往ったり来たりして、ついに要領を得なかった。しまいに宗助が、
「まあ、好いや、そう心配しないでも、どうかなるよ。何しろ返事の来しだい、おれがすぐ知らせてやる
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