物をも披見《ひけん》せしめぬ程度のものであった。宗助は今日《こんにち》までの経験に訴えて、これくらい微《かす》かな灯火《ともしび》に、夜を営なむ人間を憶《おも》い起す事ができなかった。その光は無論月よりも強かった。かつ月のごとく蒼白《あおじろ》い色ではなかった。けれどももう少しで朦朧《もうろう》の境《さかい》に沈むべき性質《たち》のものであった。
この静かな判然《はっきり》しない灯火の力で、宗助は自分を去る四五尺の正面に、宜道のいわゆる老師なるものを認めた。彼の顔は例によって鋳物《いもの》のように動かなかった。色は銅《あかがね》であった。彼は全身に渋《しぶ》に似た柿《かき》に似た茶に似た色の法衣《ころも》を纏《まと》っていた。足も手も見えなかった。ただ頸《くび》から上が見えた。その頸から上が、厳粛《げんしゅく》と緊張の極度に安んじて、いつまで経っても変る恐《おそれ》を有せざるごとくに人を魅《み》した。そうして頭には一本の毛もなかった。
この面前に気力なく坐《すわ》った宗助の、口にした言葉はただ一句で尽きた。
「もっと、ぎろりとしたところを持って来なければ駄目だ」とたちまち云われた。
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