宗助は人のするごとくに鐘を打った。しかも打ちながら、自分は人並にこの鐘を撞木で敲《たた》くべき権能《けんのう》がないのを知っていた。それを人並に鳴らして見る猿のごとき己《おの》れを深く嫌忌《けんき》した。
 彼は弱味のある自分に恐れを抱きつつ、入口を出て冷たい廊下へ足を踏み出した。廊下は長く続いた。右側にある室《へや》はことごとく暗かった。角を二つ折れ曲ると、向《むこう》の外《はず》れの障子に灯影《ひかげ》が差した。宗助はその敷居際《しきいぎわ》へ来て留まった。
 室中に入るものは老師に向って三拝するのが礼であった。拝しかたは普通の挨拶《あいさつ》のように頭を畳に近く下げると同時に、両手の掌《てのひら》を上向《うえむき》に開いて、それを頭の左右に並べたまま、少し物を抱《かか》えた心持に耳の辺《あたり》まで上げるのである。宗助は敷居際に跪《ひざま》ずいて形《かた》のごとく拝を行なった。すると座敷の中で、
「一拝《いっぱい》で宜《よろ》しい」と云う会釈《えしゃく》があった。宗助はあとを略して中へ入った。
 室の中はただ薄暗い灯《ひ》に照らされていた。その弱い光は、いかに大字《だいじ》な書
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