の声は距離が遠いので、劇《はげ》しく宗助の鼓膜を打つほど、強くは響かなかったけれども、たしかに精一杯《せいいっぱい》威を振《ふる》ったものであった。そうしてただ一人《いちにん》の咽喉《のど》から出た個人の特色を帯びていた。自分のすぐ前の人が立った時は、いよいよわが番が回って来たと云う意識に制せられて、一層落ちつきを失った。
 宗助はこの間の公案に対して、自分だけの解答は準備していた。けれども、それははなはだ覚束《おぼつか》ない薄手《うすで》のものに過ぎなかった。室中《しつちゅう》に入る以上は、何か見解《けんげ》を呈しない訳に行かないので、やむを得ず納まらないところを、わざと納まったように取繕《とりつくろ》った、その場限りの挨拶《あいさつ》であった。彼はこの心細い解答で、僥倖《ぎょうこう》にも難関を通過して見たいなどとは、夢にも思い設けなかった。老師をごまかす気は無論なかった。その時の宗助はもう少し真面目《まじめ》であったのである。単に頭から割り出した、あたかも画《え》にかいた餅《もち》のような代物《しろもの》を持って、義理にも室中に入らなければならない自分の空虚な事を恥じたのである。

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