はまた寺を空《から》にして連立って出た。山門の通りをほぼ一丁ほど奥へ来ると、左側に蓮池《はすいけ》があった。寒い時分だから池の中はただ薄濁りに淀《よど》んでいるだけで、少しも清浄《しょうじょう》な趣《おもむき》はなかったが、向側《むこうがわ》に見える高い石の崖外《がけはず》れまで、縁に欄干《らんかん》のある座敷が突き出しているところが、文人画《ぶんじんが》にでもありそうな風致を添えた。
「あすこが老師の住んでいられる所です」と宜道は比較的新らしいその建物を指《ゆびさ》した。
 二人は蓮池の前を通り越して、五六級の石段を上《のぼ》って、その正面にある大きな伽藍《がらん》の屋根を仰《あお》いだまま直《すぐ》左りへ切れた。玄関へ差しかかった時、宜道は
「ちょっと失礼します」と云って、自分だけ裏口の方へ回ったが、やがて奥から出て来て、
「さあどうぞ」と案内をして、老師のいる所へ伴《つ》れて行った。
 老師というのは五十|格好《がっこう》に見えた。赭黒《あかぐろ》い光沢《つや》のある顔をしていた。その皮膚も筋肉もことごとく緊《しま》って、どこにも怠《おこたり》のないところが、銅像のもたらす印象を
前へ 次へ
全332ページ中286ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング