のこの冗談《じょうだん》を味わう余裕を有たなかった。真面目《まじめ》な顔をして、
「そんな贅沢《ぜいたく》な所へ行くんじゃないよ。禅寺へ留《と》めて貰《もら》って、一週間か十日、ただ静かに頭を休めて見るだけの事さ。それもはたして好くなるか、ならないか分らないが、空気のいい所へ行くと、頭には大変違うと皆《みんな》云うから」と弁解した。
「そりゃ違いますわ。だから行っていらっしゃいとも。今のは本当の冗談よ」
 御米は善良な夫に調戯《からか》ったのを、多少済まないように感じた。宗助はその翌日《あくるひ》すぐ貰って置いた紹介状を懐《ふところ》にして、新橋から汽車に乗ったのである。
 その紹介状の表には釈宜道《しゃくぎどう》様と書いてあった。
「この間まで侍者《じしゃ》をしていましたが、この頃では塔頭《たっちゅう》にある古い庵室に手を入れて、そこに住んでいるとか聞きました。どうですか、まあ着いたら尋ねて御覧なさい。庵の名はたしか一窓庵《いっそうあん》でした」と書いてくれる時、わざわざ注意があったので、宗助は礼を云って手紙を受取りながら、侍者《じしゃ》だの塔頭《たっちゅう》だのという自分には全く耳
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