て乗った時、それは何だと聞いて見た。同僚は小形の黄色い表紙を宗助の前に出して、こんな妙な本だと答えた。宗助は重ねてどんな事が書いてあるかと尋ねた。その時同僚は、一口に説明のできる格好《かっこう》な言葉を有《も》っていなかったと見えて、まあ禅学の書物だろうというような妙な挨拶《あいさつ》をした。宗助は同僚から聞いたこの返事をよく覚えていた。
 紹介状を貰う四五日前《しごんちまえ》、彼はこの同僚の傍《そば》へ行って、君は禅学をやるのかと、突然質問を掛けた。同僚は強く緊張した宗助の顔を見てすこぶる驚ろいた様子であったが、いややらない、ただ慰《なぐさ》み半分にあんな書物を読むだけだと、すぐ逃げてしまった。宗助は多少失望に弛《ゆる》んだ下唇《したくちびる》を垂れて自分の席に帰った。
 その日帰りがけに、彼らはまた同じ電車に乗り合わした。先刻《さっき》宗助の様子を、気の毒に観察した同僚は、彼の質問の奥に雑談以上のある意味を認めたものと見えて、前よりはもっと親切にその方面の話をして聞かした。しかし自分はいまだかつて参禅という事をした経験がないと自白した。もし詳《くわ》しい話が聞きたければ、幸い自分の
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