いていた。次には二つ鳴った。はなはだ淋《さみ》しい音であった。宗助はその間に、何とかして、もっと鷹揚《おうよう》に生きて行く分別をしなければならないと云う決心だけをした。三時は朦朧《もうろう》として聞えたような聞えないようなうちに過ぎた。四時、五時、六時はまるで知らなかった。ただ世の中が膨《ふく》れた。天が波を打って伸びかつ縮んだ。地球が糸で釣るした毬《まり》のごとくに大きな弧線《こせん》を描《えが》いて空間に揺《うご》いた。すべてが恐ろしい魔の支配する夢であった。七時過に彼ははっとして、この夢から覚《さ》めた。御米がいつもの通り微笑して枕元に曲《かが》んでいた。冴《さ》えた日は黒い世の中を疾《とく》にどこかへ追いやっていた。

        十八

 宗助《そうすけ》は一封の紹介状を懐《ふところ》にして山門《さんもん》を入った。彼はこれを同僚の知人の某《なにがし》から得た。その同僚は役所の往復に、電車の中で洋服の隠袋《かくし》から菜根譚《さいこんたん》を出して読む男であった。こう云う方面に趣味のない宗助は、固《もと》より菜根譚の何物なるかを知らなかった。ある日一つ車の腰掛に膝を並べ
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