も安井の来る方角へ近づくに堪《た》えなかった。安井をよそながら見たいという好奇心は、始めからさほど強くなかっただけに、乗換の間際《まぎわ》になって、全く抑《おさ》えつけられてしまった。彼は寒い町を多くの人のごとく歩いた。けれども多くの人のごとくに判然《はっきり》した目的は有《も》っていなかった。そのうち店に灯《ひ》が点《つ》いた。電車も灯火《あかり》を照《と》もした。宗助はある牛肉店に上がって酒を呑《の》み出した。一本は夢中に呑んだ。二本目は無理に呑んだ。三本目にも酔えなかった。宗助は背を壁に持たして、酔って相手のない人のような眼をして、ぼんやりどこかを見つめていた。
 時刻が時刻なので、夕飯《ゆうめし》を食いに来る客は入れ代り立ち代り来た。その多くは用弁的《ようべんてき》に飲食《いんしょく》を済まして、さっさと勘定《かんじょう》をして出て行くだけであった。宗助は周囲のざわつく中に黙然《もくねん》として、他《ひと》の倍も三倍も時を過ごしたごとくに感じた末、ついに坐り切れずに席を立った。
 表は左右から射す店の灯で明らかであった。軒先を通る人は、帽も衣装《いしょう》もはっきり物色する事が
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