しっぽ》もない一句を投げるように吐いた。
この弟は卒業後主人の紹介で、ある銀行に這入《はい》ったが、何でも金を儲《もう》けなくっちゃいけないと口癖のように云っていたそうで、日露戦争後間もなく、主人の留めるのも聞かずに、大いに発展して見たいとかとなえてついに満洲へ渡ったのだと云う。そこで何を始めるかと思うと、遼河《りょうが》を利用して、豆粕大豆《まめかすだいず》を船で下《くだ》す、大仕掛な運送業を経営して、たちまち失敗してしまったのだそうである。元より当人は、資本主ではなかったのだけれども、いよいよという暁《あかつき》に、勘定して見ると大きな欠損と事がきまったので、無論事業は継続する訳に行かず、当人は必然の結果、地位を失ったぎりになった。
「それから後《あと》私《わたし》もどうしたかよく知らなかったんですが、その後《のち》ようやく聞いて見ると、驚ろきましたね。蒙古《もうこ》へ這入って漂浪《うろつ》いているんです。どこまで山気《やまぎ》があるんだか分らないんで、私も少々|剣呑《けんのん》になってるんですよ。それでも離れているうちは、まあどうかしているだろうぐらいに思って放っておきます。時
前へ
次へ
全332ページ中254ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング