助も顰《ひん》に傚《なら》った。
 その間に主人は昨夕《ゆうべ》行った料理屋で逢ったとか云って妙な芸者の話をした。この芸者はポッケット論語が好きで、汽車へ乗ったり遊びに行ったりするときは、いつでもそれを懐《ふところ》にして出るそうであった。
「それでね孔子の門人のうちで、子路《しろ》が一番|好《すき》だって云うんですがね。そのいわれを聞くと、子路と云う男は、一つ何か教《おす》わって、それをまだ行わないうちに、また新らしい事を聞くと苦にするほど正直だからだって云うんです。実のところ私《わたし》も子路はあまりよく知らないから困ったが、何しろ一人好い人ができて、それと夫婦にならない前に、また新らしく好い人ができると苦になるようなものじゃないかって、聞いて見たんです……」
 主人はこんな事をはなはだ気楽そうに述べ立てた。その話の様子からして考えると、彼はのべつにこういう場所に出入《しつにゅう》して、その刺戟《しげき》にはとうに麻痺《まひ》しながら、因習の結果、依然として月に何度となく同じ事を繰り返しているらしかった。よく聞き糺《ただ》して見ると、しかく平気な男も、時々は歓楽の飽満《ほうまん》に
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