らどうぞ御話にと、叮嚀《ていねい》に主人の命を伝えた。宗助と御米は洋灯《ランプ》を点《つ》けてちょうど晩食《ばんめし》を始めたところであった。宗助はその時茶碗を持ちながら、
「春もようやく一段落が着いた」と語っていた。そこへ清が坂井からの口上を取り次いだので、御米は夫の顔を見て微笑した。宗助は茶碗を置いて、
「まだ何か催おしがあるのかい」と少し迷惑そうな眉《まゆ》をした。坂井の下女に聞いて見ると、別に来客もなければ、何の支度もないという事であった。その上細君は子供を連れて親類へ呼ばれて行って留守だという話までした。
「それじゃ行こう」と云って宗助は出掛けた。宗助は一般の社交を嫌《きら》っていた。やむを得なければ会合の席などへ顔を出す男でなかった。個人としての朋友《ともだち》も多くは求めなかった。訪問はする暇を有《も》たなかった。ただ坂井だけは取除《とりのけ》であった。折々は用もないのにこっちからわざわざ出掛けて行って、時を潰《つぶ》して来る事さえあった。その癖坂井は世の中でもっとも社交的の人であった。この社交的な坂井と、孤独な宗助が二人寄って話ができるのは、御米にさえ妙に見える現象であ
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