った。坂井は、
「あっちへ行きましょう」と云って、茶の間を通り越して、廊下伝いに小さな書斎へ入った。そこには棕梠《しゅろ》の筆で書いたような、大きな硬《こわ》い字が五字ばかり床の間にかかっていた。棚《たな》の上に見事な白い牡丹《ぼたん》が活《い》けてあった。そのほか机でも蒲団《ふとん》でもことごとく綺麗《きれい》であった。坂井は始め暗い入口に立って、
「さあどうぞ」と云いながら、どこかぴちりと捩《ひね》って、電気灯を点《つ》けた。それから、
「ちょっと待ちたまえ」と云って、燐寸《マッチ》で瓦斯煖炉《ガスだんろ》を焚《た》いた。瓦斯煖炉は室《へや》に比例したごく小さいものであった。坂井はしかる後蒲団を薦《すす》めた。
「これが僕の洞窟《どうくつ》で、面倒になるとここへ避難するんです」
 宗助も厚い綿《わた》の上で、一種の静かさを感じた。瓦斯の燃える音が微《かす》かにしてしだいに背中からほかほか煖まって来た。
「ここにいると、もうどことも交渉はない。全く気楽です。悠《ゆっ》くりしていらっしゃい。実際正月と云うものは予想外に煩瑣《うるさ》いものですね。私も昨日《きのう》まででほとんどへとへと
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