には、どこへ行くにも足駄《あしだ》を穿《は》かなくっちゃならないように見えるだろう。ところが下町へ出ると大違だ。どの通もどの通もからからで、かえって埃《ほこり》が立つくらいだから、足駄なんぞ穿《は》いちゃきまりが悪くって歩けやしない。つまりこう云う所に住んでいる我々は一世紀がた後《おく》れる事になるんだね」
こんな事を口にする宗助は、別に不足らしい顔もしていなかった。御米も夫の鼻の穴を潜《くぐ》る煙草《たばこ》の煙《けむ》を眺めるくらいな気で、それを聞いていた。
「坂井さんへ行って、そう云っていらっしゃいな」と軽い返事をした。
「そうして屋賃でも負けて貰う事にしよう」と答えたまま、宗助はついに坂井へは行かなかった。
その坂井には元日の朝早く名刺を投げ込んだだけで、わざと主人の顔を見ずに門を出たが、義理のある所を一日のうちにほぼ片づけて夕方帰って見ると、留守の間に坂井がちゃんと来ていたので恐縮した。二日は雪が降っただけで何事もなく過ぎた。三日目の日暮《ひくれ》に下女が使に来て、御閑《おひま》ならば、旦那様と奥さまと、それから若旦那様に是非今晩御遊びにいらっしゃるようにと云って帰った。
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