裏の家《うち》へ預けるとか云って、走《か》けて行った。宗助と御米は待っている間、二言、三言、尋常な口を利《き》いた。
 宗助はこの三四分間に取り換わした互の言葉を、いまだに覚えていた。それはただの男がただの女に対して人間たる親《したし》みを表わすために、やりとりする簡略な言葉に過ぎなかった。形容すれば水のように浅く淡いものであった。彼は今日《こんにち》まで路傍道上において、何かの折に触れて、知らない人を相手に、これほどの挨拶《あいさつ》をどのくらい繰り返して来たか分らなかった。
 宗助は極《きわ》めて短かいその時の談話を、一々思い浮べるたびに、その一々が、ほとんど無着色と云っていいほどに、平淡であった事を認めた。そうして、かく透明な声が、二人の未来を、どうしてああ真赤《まっか》に、塗りつけたかを不思議に思った。今では赤い色が日を経《へ》て昔の鮮《あざや》かさを失っていた。互を焚《や》き焦《こ》がした※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《ほのお》は、自然と変色して黒くなっていた。二人の生活はかようにして暗い中に沈んでいた。宗助は過去を振り向いて、事の成行《なりゆき》を逆に眺
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