立っている後《うしろ》に、隣の竹藪《たけやぶ》が便所の出入《ではい》りに望まれた。
宗助のここを訪問したのは、十月に少し間のある学期の始めであった。残暑がまだ強いので宗助は学校の往復に、蝙蝠傘《こうもりがさ》を用いていた事を今に記憶していた。彼は格子の前で傘を畳んで、内を覗《のぞ》き込んだ時、粗《あら》い縞《しま》の浴衣《ゆかた》を着た女の影をちらりと認めた。格子の内は三和土《たたき》で、それが真直《まっすぐ》に裏まで突き抜けているのだから、這入ってすぐ右手の玄関めいた上り口を上らない以上は、暗いながら一筋に奥の方まで見える訳であった。宗助は浴衣の後影《うしろかげ》が、裏口へ出る所で消えてなくなるまでそこに立っていた。それから格子を開けた。玄関へは安井自身が現れた。
座敷へ通ってしばらく話していたが、さっきの女は全く顔を出さなかった。声も立てず、音もさせなかった。広い家でないから、つい隣の部屋ぐらいにいたのだろうけれども、いないのとまるで違わなかった。この影のように静かな女が御米であった。
安井は郷里の事、東京の事、学校の講義の事、何くれとなく話した。けれども、御米の事については
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