帰らずにいると云った。
「それでどこに」と宗助が聞いたとき、彼は自分の今泊っている宿屋の名前を、宗助に教えた。それは三条|辺《へん》の三流位の家《いえ》であった。宗助はその名前を知っていた。
「どうして、そんな所へ這入《はい》ったのだ。当分そこにいるつもりなのかい」と宗助は重ねて聞いた。安井はただ少し都合があってとばかり答えたが、
「下宿生活はもうやめて、小さい家《うち》でも借りようかと思っている」と思いがけない計画を打ち明けて、宗助を驚ろかした。
それから一週間ばかりの中に、安井はとうとう宗助に話した通り、学校近くの閑静な所に一戸を構えた。それは京都に共通な暗い陰気な作りの上に、柱や格子《こうし》を黒赤く塗って、わざと古臭《ふるくさ》く見せた狭い貸家であった。門口《かどぐち》に誰の所有ともつかない柳が一本あって、長い枝がほとんど軒に触《さわ》りそうに風に吹かれる様を宗助は見た。庭も東京と違って、少しは整っていた。石の自由になる所だけに、比較的大きなのが座敷の真正面に据《す》えてあった。その下には涼しそうな苔《こけ》がいくらでも生えた。裏には敷居の腐った物置が空《から》のままがらんと
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