知をしよう、そうしてなるべくならいっしょの汽車で京都へ下《くだ》ろう、もし時間が許すなら、興津《おきつ》あたりで泊って、清見寺《せいけんじ》や三保《みほ》の松原や、久能山《くのうざん》でも見ながら緩《ゆっ》くり遊んで行こうと云った。宗助は大いによかろうと答えて、腹のなかではすでに安井の端書《はがき》を手にする時の心持さえ予想した。
宗助が東京へ帰ったときは、父は固《もと》よりまだ丈夫であった。小六《ころく》は子供であった。彼は一年ぶりに殷《さか》んな都の炎熱と煤煙《ばいえん》を呼吸するのをかえって嬉《うれ》しく感じた。燬《や》くような日の下に、渦《うず》を捲《ま》いて狂い出しそうな瓦《かわら》の色が、幾里となく続く景色《けしき》を、高い所から眺めて、これでこそ東京だと思う事さえあった。今の宗助なら目を眩《まわ》しかねない事々物々が、ことごとく壮快の二字を彼の額に焼き付けべく、その時は反射して来たのである。
彼の未来は封じられた蕾《つぼみ》のように、開かない先は他《ひと》に知れないばかりでなく、自分にも確《しか》とは分らなかった。宗助はただ洋々の二字が彼の前途に棚引《たなび》いている
前へ
次へ
全332ページ中213ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング