いたずらにむず痒《がゆ》く彼の身体の中を流れた。彼は腕組をして、坐《い》ながら四方の山を眺めた。そうして、
「もうこんな古臭い所には厭きた」と云った。
安井は笑いながら、比較のため、自分の知っている或友達の故郷の物語をして宗助に聞かした。それは浄瑠璃《じょうるり》の間《あい》の土山《つちやま》雨が降るとある有名な宿《しゅく》の事であった。朝起きてから夜寝るまで、眼に入るものは山よりほかにない所で、まるで擂鉢《すりばち》の底に住んでいると同じ有様だと告げた上、安井はその友達の小さい時分の経験として、五月雨《さみだれ》の降りつづく折などは、小供心に、今にも自分の住んでいる宿《しゅく》が、四方の山から流れて来る雨の中に浸《つ》かってしまいそうで、心配でならなかったと云う話をした。宗助はそんな擂鉢の底で一生を過す人の運命ほど情ないものはあるまいと考えた。
「そう云う所に、人間がよく生きていられるな」と不思議そうな顔をして安井に云った。安井も笑っていた。そうして土山《つちやま》から出た人物の中《うち》では、千両函《せんりょうばこ》を摩《す》り替《か》えて磔《はりつけ》になったのが一番大きいのだ
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