達する事のできない、学者という地位には、余り多くの興味を有《も》っていなかった。彼はただ教場へ出て、普通の学生のする通り、多くのノートブックを黒くした。けれども宅《うち》へ帰って来て、それを読み直したり、手を入れたりした事は滅多《めった》になかった。休んで抜けた所さえ大抵はそのままにして放って置いた。彼は下宿の机の上に、このノートブックを奇麗に積み上げて、いつ見ても整然と秩序のついた書斎を空《から》にしては、外を出歩るいた。友達は多く彼の寛濶《かんかつ》を羨《うらや》んだ。宗助も得意であった。彼の未来は虹《にじ》のように美くしく彼の眸《ひとみ》を照らした。
その頃の宗助は今と違って多くの友達を持っていた。実を云うと、軽快な彼の眼に映ずるすべての人は、ほとんど誰彼の区別なく友達であった。彼は敵という言葉の意味を正当に解し得ない楽天家として、若い世をのびのびと渡った。
「なに不景気な顔さえしなければ、どこへ行ったって驩迎《かんげい》されるもんだよ」と学友の安井によく話した事があった。実際彼の顔は、他《ひと》を不愉快にするほど深刻な表情を示し得た試《ためし》がなかった。
「君は身体《からだ
前へ
次へ
全332ページ中208ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング