、ひとり解釈して少なからず喜んだ。そうして自分の命を吹き込んだ肉の塊《かたまり》が、目の前に踊る時節を指を折って楽しみに待った。ところが胎児は、夫婦の予期に反して、五カ月まで育って突然|下《お》りてしまった。その時分の夫婦の活計《くらし》は苦しい苛《つら》い月ばかり続いていた。宗助は流産した御米の蒼《あお》い顔を眺めて、これも必竟《つまり》は世帯の苦労から起るんだと判じた。そうして愛情の結果が、貧のために打ち崩《くず》されて、永く手の裡《うち》に捕える事のできなくなったのを残念がった。御米はひたすら泣いた。
 福岡へ移ってから間もなく、御米はまた酸《す》いものを嗜《たし》む人となった。一度流産すると癖になると聞いたので、御米は万《よろず》に注意して、つつましやかに振舞っていた。そのせいか経過は至極《しごく》順当に行ったが、どうした訳か、これという原因もないのに、月足らずで生れてしまった。産婆は首を傾けて、一度医者に見せるように勧めた。医者に診《み》て貰うと、発育が充分でないから、室内の温度を一定の高さにして、昼夜とも変らないくらい、人工的に暖めなければいけないと云った。宗助の手際《てぎ
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