ざ、無くてもいいじゃないか。上の坂井さんみたようにたくさん生れて御覧、傍《はた》から見ていても気の毒だよ。まるで幼稚園のようで」
「だって一人もできないときまっちまったら、あなただって好《よ》かないでしょう」
「まだできないときまりゃしないじゃないか。これから生れるかも知れないやね」
御米はなおと泣き出した。宗助も途方《とほう》に暮れて、発作の治まるのを穏やかに待っていた。そうして、緩《ゆっ》くり御米の説明を聞いた。
夫婦は和合|同棲《どうせい》という点において、人並以上に成功したと同時に、子供にかけては、一般の隣人よりも不幸であった。それも始から宿る種がなかったのなら、まだしもだが、育つべきものを中途で取り落したのだから、さらに不幸の感が深かった。
始めて身重《みおも》になったのは、二人が京都を去って、広島に瘠世帯《やせじょたい》を張っている時であった。懐妊《かいにん》と事がきまったとき、御米はこの新らしい経験に対して、恐ろしい未来と、嬉《うれ》しい未来を一度に夢に見るような心持を抱《いだ》いて日を過ごした。宗助はそれを眼に見えない愛の精に、一種の確証となるべき形を与えた事実と
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