あなたに御気の毒で」と切なそうに言訳を半分して、またそれなり黙ってしまった。洋灯《ランプ》はいつものように床の間の上に据《す》えてあった。御米は灯《ひ》に背《そむ》いていたから、宗助には顔の表情が判然《はっきり》分らなかったけれども、その声は多少涙でうるんでいるように思われた。今まで仰向《あおむ》いて天井を見ていた彼は、すぐ妻の方へ向き直った。そうして薄暗い影になった御米の顔をじっと眺《なが》めた。御米も暗い中からじっと宗助を見ていた。そうして、
「疾《とう》からあなたに打ち明けて謝罪《あや》まろう謝罪まろうと思っていたんですが、つい言い悪《にく》かったもんだから、それなりにしておいたのです」と途切れ途切れに云った。宗助には何の意味かまるで解らなかった。多少はヒステリーのせいかとも思ったが、全然そうとも決しかねて、しばらく茫然《ぼんやり》していた。すると御米が思い詰めた調子で、
「私にはとても子供のできる見込はないのよ」と云い切って泣き出した。
宗助はこの可憐な自白をどう慰さめていいか分別に余って当惑していたうちにも、御米に対してはなはだ気の毒だという思が非常に高まった。
「子供なん
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