》えて、
「なに金があるばかりじゃない。一つは子供が多いからさ。子供さえあれば、大抵貧乏な家《うち》でも陽気になるものだ」と御米を覚《さと》した。
 その云い方が、自分達の淋《さみ》しい生涯《しょうがい》を、多少|自《みずか》ら窘《たしな》めるような苦《にが》い調子を、御米の耳に伝えたので、御米は覚えず膝《ひざ》の上の反物から手を放して夫の顔を見た。宗助は坂井から取って来た品が、御米の嗜好《しこう》に合ったので、久しぶりに細君を喜ばせてやった自覚があるばかりだったから、別段そこには気がつかなかった。御米もちょっと宗助の顔を見たなりその時は何にも云わなかった。けれども夜《よ》に入《い》って寝る時間が来るまで御米はそれをわざと延ばしておいたのである。
 二人はいつもの通り十時過床に入ったが、夫の眼がまだ覚《さ》めている頃を見計らって、御米は宗助の方を向いて話しかけた。
「あなた先刻《さっき》小供がないと淋《さむ》しくっていけないとおっしゃってね」
 宗助はこれに類似の事を普般的に云った覚《おぼえ》はたしかにあった。けれどもそれは強《あな》がちに、自分達の身の上について、特に御米の注意を惹《
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