せる春の羽織をようやく縫い上げて、圧《おし》の代りに坐蒲団《ざぶとん》の下へ入れて、自分でその上へ坐っているところであった。
「あなた今夜敷いて寝て下さい」と云って、御米は宗助を顧《かえり》みた。夫から、坂井へ来ていた甲斐《かい》の男の話を聞いた時は、御米もさすがに大きな声を出して笑った。そうして宗助の持って帰った銘仙《めいせん》の縞柄《しまがら》と地合《じあい》を飽《あ》かず眺《なが》めては、安い安いと云った。銘仙は全く品《しな》の良《い》いものであった。
「どうして、そう安く売って割に合うんでしょう」としまいに聞き出した。
「なに中へ立つ呉服屋が儲《もう》け過ぎてるのさ」と宗助はその道に明るいような事を、この一反の銘仙から推断して答えた。
夫婦の話はそれから、坂井の生活に余裕のある事と、その余裕のために、横町の道具屋などに意外な儲《もう》け方《かた》をされる代りに、時とするとこう云う織屋などから、差し向き不用のものを廉価《れんか》に買っておく便宜《べんぎ》を有している事などに移って、しまいにその家庭のいかにも陽気で、賑《にぎ》やかな模様に落ちて行った。宗助はその時突然語調を更《か
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