末か五月の初までに、それを悉皆《すっかり》金に換えて、また富士の北影の焼石ばかりころがっている小村へ帰って行くのだそうである。
「宅《うち》へ来出してから、もう四五年になりますが、いつ見ても同じ事で、少しも変らないんですよ」と細君が注意した。
「実際珍らしい男です」と主人も評語を添えた。三日も外へ出ないと、町幅がいつの間にか取り広げられていたり、一日新聞を読まないと、電車の開通を知らずに過したりする今の世に、年に二度も東京へ出ながら、こう山男の特色をどこまでも維持して行くのは、実際珍らしいに違なかった。宗助はつくづくこの織屋の容貌《ようぼう》やら態度やら服装やら言葉使やらを観察して、一種気の毒な思をなした。
彼は坂井を辞して、家《うち》へ帰る途中にも、折々インヴァネスの羽根の下に抱えて来た銘仙の包《つつみ》を持ち易《か》えながら、それを三円という安い価《ね》で売った男の、粗末な布子《ぬのこ》の縞《しま》と、赤くてばさばさした髪の毛と、その油気《あぶらけ》のない硬《こわ》い髪の毛が、どういう訳か、頭の真中で立派に左右に分けられている様を、絶えず眼の前に浮べた。
宅では御米が、宗助に着
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