、片方は十《とお》ぐらいに見えた。大きな眼を揃えて、襖《ふすま》の陰から入って来た宗助の方を向いたが、二人の眼元にも口元にも、今笑ったばかりの影が、まだゆたかに残っていた。宗助は一応|室《へや》の内を見回して、この親子のほかに、まだ一人妙な男が、一番入口に近い所に畏《かしこ》まっているのを見出した。
 宗助は坐って五分と立たないうちに、先刻《さっき》の笑声は、この変な男と坂井の家族との間に取り換わされた問答から出る事を知った。男は砂埃《すなほこり》でざらつきそうな赤い毛と、日に焼けて生涯《しょうがい》褪《さ》めっこない強い色を有《も》っていた。瀬戸物の釦《ボタン》の着いた白木綿《しろもめん》の襯衣《シャツ》を着て、手織の硬《こわ》い布子《ぬのこ》の襟《えり》から財布の紐《ひも》みたような長い丸打《まるうち》をかけた様子は、滅多《めった》に東京などへ出る機会のない遠い山の国のものとしか受け取れなかった。その上男はこの寒いのに膝小僧《ひざこぞう》を少し出して、紺《こん》の落ちた小倉《こくら》の帯の尻に差した手拭《てぬぐい》を抜いては鼻の下を擦《こす》った。
「これは甲斐《かい》の国から反物
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