たときは、それでも清々《せいせい》した心持であった。御米の勧め通り髪を刈った方が、結局《つまり》気を新たにする効果があったのを、冷たい空気の中で、宗助は自覚した。
 水道税の事でちょっと聞き合せる必要が生じたので、宗助は帰り路に坂井へ寄った。下女が出て来て、こちらへと云うから、いつもの座敷へ案内するかと思うと、そこを通り越して、茶の間へ導びいていった。すると茶の間の襖《ふすま》が二尺ばかり開《あ》いていて、中から三四人の笑い声が聞えた。坂井の家庭は相変らず陽気であった。
 主人は光沢《つや》の好い長火鉢《ながひばち》の向側に坐っていた。細君は火鉢を離れて、少し縁側《えんがわ》の障子《しょうじ》の方へ寄って、やはりこちらを向いていた。主人の後《うしろ》に細長い黒い枠《わく》に嵌《は》めた柱時計がかかっていた。時計の右が壁で、左が袋戸棚《ふくろとだな》になっていた。その張交《はりまぜ》に石摺《いしずり》だの、俳画だの、扇の骨を抜いたものなどが見えた。
 主人と細君のほかに、筒袖《つつそで》の揃《そろ》いの模様の被布《ひふ》を着た女の子が二人肩を擦《す》りつけ合って坐っていた。片方は十二三で
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