ませんから」と説明してくれた。宗助はそれでようやく安心した。医者はまた自分の用いた眠り薬が比較的新らしいもので、学理上、他の睡眠剤のように有害でない事や、またその効目《ききめ》が患者の体質に因《よ》って、程度に大変な相違のある事などを語って帰った。帰るとき宗助は、
「では寝られるだけ寝かしておいても差支《さしつかえ》ありませんか」と聞いたら、医者は用さえなければ別に起す必要もあるまいと答えた。
 医者が帰ったあとで、宗助は急に空腹になった。茶の間へ出ると、先刻《さっき》掛けておいた鉄瓶《てつびん》がちんちん沸《たぎ》っていた。清を呼んで、膳《ぜん》を出せと命ずると、清は困った顔つきをして、まだ何の用意もできていないと答えた。なるほど晩食《ばんめし》には少し間があった。宗助は楽々と火鉢の傍《そば》に胡坐《あぐら》を掻《か》いて、大根の香《こう》の物《もの》を噛《か》みながら湯漬《ゆづけ》を四杯ほどつづけざまに掻《か》き込んだ。それから約三十分ほどしたら御米の眼がひとりでに覚《さ》めた。

        十三

 新年の頭を拵《こし》らえようという気になって、宗助《そうすけ》は久し振に髪
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