なって、すぐにでも起したい心持がするので、つい決し兼てぐずぐずしていた。そこへようやく医者が来てくれた。
 昨夕の折鞄《おりかばん》をまた丁寧《ていねい》に傍《わき》へ引きつけて、緩《ゆっ》くり巻煙草《まきたばこ》を吹かしながら、宗助の云うことを、はあはあと聞いていたが、どれ拝見致しましょうと御米の方へ向き直った。彼は普通の場合のように病人の脈を取って、長い間自分の時計を見つめていた。それから黒い聴診器を心臓の上に当てた。それを丁寧にあちらこちらと動かした。最後に丸い穴の開《あ》いた反射鏡を出して、宗助に蝋燭《ろうそく》を点《つ》けてくれと云った。宗助は蝋燭を持たないので、清に洋灯《ランプ》を点《つ》けさした。医者は眠っている御米の眼を押し開けて、仔細《しさい》に反射鏡の光を睫《まつげ》の奥に集めた。診察はそれで終った。
「少し薬が利《き》き過ぎましたね」と云って宗助の方へ向き直ったが、宗助の眼の色を見るや否《いな》や、すぐ、
「しかし御心配になる事はありません。こう云う場合に、もし悪い結果が起るとすると、きっと心臓か脳を冒《おか》すものですが、今拝見したところでは双方共異状は認められ
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