るところであった、訳を話したら、では今から一二軒寄ってすぐ行こうと答えた、と告げた。宗助は医者が見えるまで、こうして放っておいて構わないのかと小六に問い返したが、小六は医者が以上よりほかに何にも語らなかったと云うだけなので、やむを得ず元のごとく枕辺《まくらべ》にじっと坐っていた。そうして心の中《うち》で、医者も小六も不親切過ぎるように感じた。彼はその上|昨夕《ゆうべ》御米を介抱している時に帰って来た小六の顔を思い出して、なお不愉快になった。小六が酒を呑《の》む事は、御米の注意で始めて知ったのであるが、その後気をつけて弟の様子をよく見ていると、なるほど何だか真面目《まじめ》でないところもあるようなので、いつかみっちり異見でもしなければなるまいくらいに考えてはいたが、面白くもない二人の顔を御米に見せるのが、気の毒なので、今日《きょう》までわざと遠慮していたのである。
「云い出すなら御米の寝ている今である。今ならどんな気不味《きまず》いことを双方で言い募《つの》ったって、御米の神経に障る気遣《きづかい》はない」
 ここまで考えついたけれども、知覚のない御米の顔を見ると、またその方が気がかりに
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