らし》を貼った襟元《えりもと》が少し見えるところも朝と同じであった。呼息《いき》よりほかに現実世界と交通のないように思われる深い眠《ねむり》も朝見た通りであった。すべてが今朝出掛に頭の中へ収めて行った光景と少しも変っていなかった。宗助は外套《マント》も脱がずに、上から曲《こご》んで、すうすういう御米の寝息をしばらく聞いていた。御米は容易に覚めそうにも見えなかった。宗助は昨夕《ゆうべ》御米が散薬を飲んでから以後の時間を指を折って勘定した。そうしてようやく不安の色を面《おもて》に表わした。昨夕までは寝られないのが心配になったが、こう前後不覚に長く寝るところを眼《ま》のあたりに見ると、寝る方が何かの異状ではないかと考え出した。
宗助は蒲団《ふとん》へ手を掛けて二三度軽く御米を揺振《ゆすぶ》った。御米の髪が括枕《くくりまくら》の上で、波を打つように動いたが、御米は依然としてすうすう寝ていた。宗助は御米を置いて、茶の間から台所へ出た。流し元の小桶《こおけ》の中に茶碗と塗椀が洗わないまま浸《つ》けてあった。下女部屋を覗《のぞ》くと、清《きよ》が自分の前に小さな膳《ぜん》を控えたなり、御櫃《おはち
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