あった。それから二十分と経たないうちに、病人はすやすや寝入った。
「好い塩梅《あんばい》だ」と宗助が御米の顔を見ながら云った。小六もしばらく嫂《あによめ》の様子を見守っていたが、
「もう大丈夫でしょう」と答えた。二人は氷嚢を額からおろした。
 やがて小六は自分の部屋へ這入《はい》る。宗助は御米の傍《そば》へ床を延べていつものごとく寝た。五六時間の後《のち》冬の夜は錐《きり》のような霜《しも》を挟《さしは》さんで、からりと明け渡った。それから一時間すると、大地を染める太陽が、遮《さえ》ぎるもののない蒼空《あおぞら》に憚《はばか》りなく上《のぼ》った。御米はまだすやすや寝ていた。
 そのうち朝餉《あさげ》も済んで、出勤の時刻がようやく近づいた。けれども御米は眠りから覚《さ》める気色《けしき》もなかった。宗助は枕辺《まくらべ》に曲《こご》んで、深い寝息を聞きながら、役所へ行こうか休もうかと考えた。

        十二

 朝の内は役所で常のごとく事務を執《と》っていたが、折々|昨夕《ゆうべ》の光景が眼に浮ぶに連れて、自然|御米《およね》の病気が気に罹《かか》るので、仕事は思うように運ばな
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