と医者が云った。宗助は気の毒になったので、あとの注意をよく聞いた上、遠慮なく引き取ってくれるようにと頼んだ。その時御米は先刻《さっき》よりはだいぶ軽快になっていたからである。
「もう大丈夫でしょう。頓服《とんぷく》を一回上げますから今夜飲んで御覧なさい。多分寝られるだろうと思います」と云って医者は帰った。小六はすぐその後《あと》を追って出て行った。
 小六が薬取に行った間に、御米は
「もう何時」と云いながら、枕元の宗助を見上げた。宵《よい》とは違って頬から血が退《ひ》いて、洋灯《ランプ》に照らされた所が、ことに蒼白《あおじろ》く映った。宗助は黒い毛の乱れたせいだろうと思って、わざわざ鬢《びん》の毛を掻き上げてやった。そうして、
「少しはいいだろう」と聞いた。
「ええよっぽど楽になったわ」と御米はいつもの通り微笑を洩《も》らした。御米は大抵苦しい場合でも、宗助に微笑を見せる事を忘れなかった。茶の間では、清が突伏したまま鼾《いびき》をかいていた。
「清を寝かしてやって下さい」と御米が宗助に頼んだ。
 小六が薬取りから帰って来て、医者の云いつけ通り服薬を済ましたのは、もうかれこれ十二時近くで
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