肩を揉みながらも、絶えず表の物音に気を配った。
ようやく医者が来たときは、始めて夜が明けたような心持がした。医者は商売柄だけあって、少しも狼狽《うろた》えた様子を見せなかった。小さい折鞄《おりかばん》を脇に引き付けて、落ちつき払った態度で、慢性病の患者でも取り扱うように緩《ゆっ》くりした診察をした。その逼《せま》らない顔色を傍《はた》で見ていたせいか、わくわくした宗助の胸もようやく治《おさ》まった。
医者は芥子《からし》を局部へ貼《は》る事と、足を湿布《しっぷ》で温める事と、それから頭を氷で冷す事とを、応急手段として宗助に注意した。そうして自分で芥子を掻《か》いて、御米の肩から頸《くび》の根へ貼りつけてくれた。湿布は清と小六とで受持った。宗助は手拭《てぬぐい》の上から氷嚢《こおりぶくろ》を額の上に当てがった。
とかくするうち約一時間も経った。医者はしばらく経過を見て行こうと云って、それまで御米の枕元に坐《すわ》っていた。世間話も折々は交《まじ》えたが、おおかたは無言のまま二人共に御米の容体を見守る事が多かった。夜《よ》は例のごとく静《しずか》に更《ふ》けた。
「だいぶ冷えますな」
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