ある。宗助はそれを一々読んだ。著者の名前も作物《さくぶつ》の名前も、一度は新聞の広告で見たようでもあり、また全く新奇のようでもあった。
この店の曲り角の影になった所で、黒い山高帽を被《かぶ》った三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡坐《あぐら》をかいて、ええ御子供衆の御慰《おなぐさ》みと云いながら、大きな護謨風船《ゴムふうせん》を膨《ふく》らましている。それが膨れると自然と達磨《だるま》の恰好《かっこう》になって、好加減《いいかげん》な所に眼口まで墨で書いてあるのに宗助は感心した。その上一度息を入れると、いつまでも膨れている。かつ指の先へでも、手の平の上へでも自由に尻が据《すわ》る。それが尻の穴へ楊枝《ようじ》のような細いものを突っ込むとしゅうっと一度に収縮してしまう。
忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑《にぎ》やかな町の隅に、冷やかに胡坐《あぐら》をかいて、身の周囲《まわり》に何事が起りつつあるかを感ぜざるもののごとくに、ええ御子供衆の御慰みと云っては、達磨を膨らましている。宗助は一銭五厘出して、その風船を一つ買って、しゅっと縮
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