が不思議にも、御米の気分は、小六が引越して来てから、ずっと引立った。自分に責任の少しでも加わったため、心が緊張したものと見えて、かえって平生よりは、かいがいしく夫や小六の世話をした。小六にはそれがまるで通じなかったが、宗助から見ると、御米が在来よりどれほど力《つと》めているかがよく解った。宗助は心のうちで、このまめやかな細君に新らしい感謝の念を抱《いだ》くと同時に、こう気を張り過ぎる結果が、一度に身体《からだ》に障《さわ》るような騒ぎでも引き起してくれなければいいがと心配した。
 不幸にも、この心配が暮の二十日過《はつかすぎ》になって、突然事実になりかけたので、宗助は予期の恐怖に火が点《つ》いたように、いたく狼狽《ろうばい》した。その日は判然《はっきり》土に映らない空が、朝から重なり合って、重い寒さが終日人の頭を抑《おさ》えつけていた。御米は前の晩にまた寝られないで、休ませ損《そく》なった頭を抱えながら、辛抱して働らき出したが、起《た》ったり動いたりするたびに、多少脳に応《こた》える苦痛はあっても、比較的明るい外界の刺戟《しげき》に紛《まぎ》れたためか、じっと寝ていながら、頭だけが冴《
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